2008年07月24日

建築家モン太の日々

第1章 風景
1.
 以心伝心とはよく言ったものだ。朝から仕事場にこもって、欠伸が数回、出始めた頃になると、道路を挟んだ向かい側の自宅から、妻が現れる。
「一息、入れたら」
「よく、分かるな。いま、休憩しようと思っていたところよ」
 最近の仕事は、パソコンを使っているため眼が疲れる。妻の「一息、入れたら」は、夕食の材料の買い出しに1.5qほど離れたスーパーへ、「いっしょに行こう」という意図を含んでいる。むろん、全ての場合がそうではないが、妻自身、少し時間をもてあましてきたときに誘いに来る。
 眼の疲れには、遠くをぼんやり見るのがよいと、先頃読んだ本に書いてあった。本に書いてあったからしているのではなく、モン太の場合、以前から眼の疲れを癒すのは、これが一番いいと体得していた。この地域には、清流を誇るN川という大河が流れている。
モン太はフラッとここへやってくる。歩いても5分ぐらいの距離である。上を県道が走る堤防を横切り、河川敷に下りて水際を見ている。
 ここに生まれ、一時は都会へ就職したものの、Uターンしてきたモン太は、この川が好きである。そういえば、ここの風景も少し変わった。半世紀の間に、大河を跨ぐ橋が二つも増えた。その代わり、モン太の家から300メートルほど上流にあった潜水橋がいつしか姿を消した。文字通りの潜水橋で台風で増水するたびに水中に沈み、再び姿を見せたときには取り合いの道路が寸断されていた。中学生の頃、同級生が強風で飛ばされ、一週間後に下流で発見されたこともある。今は一番下流に国道バイパスの橋が架かっているが、当時はそれより500メートルほど上流の国鉄の鉄橋が一番下流で、その上流の橋が潜水橋の廃止に伴って架けられた橋で、さらにその上流に旧国道の橋がある。その三つの橋の間隔はほぼ2キロで、長距離走の選手だったモン太は往復8キロの道を練習に使ったものだ。
風景は時代とともに変化していくが、堤防の上に立つと、聞こえるはずもない川の流れの音や、匂うはずもない斜面の草の香りまで昔と変わらない、そのように感じるのは不思議なものである。モン太にとって、一生忘れない風景があるとすればこのN川のそれかもしれない。

banner_021.gif読んで下さって有り難う。左のアイコンを押していただけたら嬉しいです。
ラベル:以心伝心 潜水橋
posted by モン太 at 06:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック

人気ブログランキングへ
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。