2008年07月31日

建築家モン太の日々

8.
「俳句の原点は写生です。芭蕉が歩いて創作をしたように、見たままを表現する。そして見たものを生かして表現する。それが俳句です」
 最近、モン太が入会した俳句の会の主宰の持論である。先日、その会の支部発会のの集まりがあった。自分が俳句を始めようとは全く考えても見なかったのであるが、属しているクラブの友人から勧められた。
 俳句が五七五でできていることぐらいは知っていて、若いときには俳句の本など少しは読んだことがある。いざ始めて見ると奥が深い。囓り始めたばかりの者がいうのも生意気だが、短文に込める写生の難しさは深い。
「俳句には五官で感じるものがなければいけません」これも主宰の持論である。つい先日より、このブログで自然や風景を見つめ直しているモン太にとっては、この主宰の話は吸い込まれるように理解できた。まるで予習をしてきた課目の授業を受けているような気分であった。
「心象の俳句は、一通り作ってしまうと種が尽きるが、写生の俳句は無限です」とも言われる。
「行き詰まったとき庭へ出てみなさい。目に映ったものを言葉にすればそれで良い」

 一週間、自然や風景や、その中での人間の生活について考えて見たが、この主宰の話が締めくくってくれたようで楽しかった。モン太は生活の中でも、仕事の中でもさらに自然と向き合っていなければならないことを再確認した。

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ラベル:俳句 芭蕉 持論
posted by モン太 at 05:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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